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2019年8月13日 (火)

1969年3月20日の宗谷本線他

引き続き、SL現役時代の画像です。1969年3月の北海道撮影旅行、3月20日は、宗谷本線で撮影しました。往路は、夜行急行「利尻」に乗車し、南稚内駅まで行きました。

期待していた利尻岳の眺望は、得られませんでしたが、北の大地を行くC55形の姿を撮ることが出来ました。

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 南稚内駅で停車する、C5530(旭)牽引夜行急行317レ「利尻」。この列車に乗車していた私が、南稚内で下車した直後に撮ったスナップです。

牽引機は、希少な流線形改造機、所謂「流改型」です。他の一般型のC55と違って、キャブの窓が斜めでなく、平面的なのが特徴でした。

 

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南稚内~抜海(バッカイ)間を行くC55牽引普通列車322レ。321レと共に、宗谷本線の全区間で運転され、「最果て鈍行」と呼ばれた列車です。

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上記列車のサイド。C55のキャブが密閉式に改造されているのが分かります。

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更に後追い。天気が良ければ、線路の向こうの丘陵の背景のどこかに、利尻岳が見えるはずだったのですが、この日は、眺望を得られませんでした。

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322レの撮影後、南稚内から音威子府(オトイネップ)まで移動しましたが、当時、もう一本あった音威子府へのルート、天北線(てんぽくせん 1989年廃止)に乗車、途中の鬼志別駅で、49622(稚)牽引の貨物列車と交換しました。

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49622(稚)とキハ22のすれ違いの瞬間のスナップです。9600形の乗務員さんが上げた手が印象的でした。

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音威子府駅に停車中のC5543(旭)牽引の321レ。下りの「最果て鈍行」です。旭川から稚内まで約260キロを8時間以上かけて走る、のんびりした列車でした。

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後方からのカット。C55形は、斜め後ろからのアングルも格好いいと思います。

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音威子府を発車し、筬島(オサシマ)に向かう321レ。戦前型の座席車スハ32系が、昭和12年生まれのC5543に良く似合います。

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同じく、音威子府を発車した49601(稚)牽引の貨物列車。音威子府以北の貨物列車は、9600形が担当していました。

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