2019年11月 3日 (日)

1973年1月9日の中央西線

引き続き、SL現役時代の画像です。1973年5月の中央西線全線電化開業の約4ヶ月前、1月9日に、主に藪原付近に撮影に出かけました。電化工事が進む中、定期旅客列車は、既にDL化されていましたが、貨物列車牽引に活躍するD51形の姿を撮ることが出来ました。22chuuou02_1102
撮影ポイントと少し離れた線路上に、白煙と共にD51牽引の下り貨物列車が登場しました。(藪原~奈良井間で撮影。以下同)
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上の画面に登場した列車、D51238(中)牽引の下り貨物列車が、目の前のカーブに迫ってきました。白煙ですが、急勾配区間なので煙の勢いがありました 。
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次の瞬間、DD51牽引の客車列車が上り線に登場、貨物列車とすれちがって行きました。私は客車列車のダイヤを意識していなかったので、びっくりしてしまいました。
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更に続き。D51が旧客と離合、良く見ると、客車の窓を開け、対向するD51を見ているか、撮影しようとしている人がいるようです。
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最後にD51をアップで捉えました。

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ここからは、藪原~宮ノ越間で撮影。電化まで、181系DCで運行されていた下り特急「しなの」1号です。

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D51775(木)とD51125(中)の重連が牽引する下り貨物列車。なお、先頭の775号機は、木曽福島駅前に静態保存されているそうです。

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重連の機関車中心のアングルでも撮ってみました。

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こちらは単機牽引、D51209(中)牽引の下り貨物列車。

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縦位置のアングルでも撮ってみました。

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塩尻駅に停車中の、D51522(中)牽引の臨時旅客列車、9830レ。この日、私が唯一出会った蒸機牽引の客車列車でした。列車番号とお座敷客車を連結しているところから、団体臨時列車と推測しました。

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夕刻の塩尻駅を発車する9830レ。機関車次位のオロフ80形客車は、オハフ33形客車の車内を畳敷きに改造し、お座敷客車とした車両です。

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2019年10月 7日 (月)

1969年3月26日の花輪線龍ヶ森付近

引き続き、SL現役時代の画像です。1969年3月の北海道撮影旅行の帰途(3月26日)に、花輪線に立ち寄りました。前回(1967年8月)撮れなかった8620形機関車の前部三重連を初めて撮ることが出来ました。21hanawa01_785
38688牽引(8620形後補機付き)の上り旅客列車。龍ヶ森駅発車シーンです。
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8620形三重連牽引の下り貨物列車(岩手松尾~龍ヶ森間で撮影、以下同)。初めて8620形の前部三重連を撮ることが出来ました。
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上記列車の後追い。列車の前方のカーブが、鉄道模型のジオラマのように見えました。
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更に続き。列車の最後尾まで入れて撮りました。貨車に挟まって、ダブルルーフの古い客車(事業用車両と思われます。)が連結されているのがユニークです。
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こんな、バラエティー豊かな気動車の編成も走っていました。
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8620形単機牽引の上り貨物列車(赤坂田~龍ヶ森間で撮影)。単機で牽引出来るのは短編成の貨車(5、6両位)だけのようで、千分の33の急勾配区間の厳しさを物語っています。
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上の続き。残雪の風景の中を進みます。
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こちらも単機(38688)牽引の下り列車(岩手松尾~龍ヶ森間で撮影)。貨車は短編成でしたが、煙を高く噴き上げてやってきました。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年9月28日 (土)

1969年3月21、25日の函館本線上目名付近

引き続き、SL現役時代の画像です。1969年3月の北海道撮影旅行、3月21、25日は、再度C62重連を撮るべく、函館本線の上目名駅に行きました。3月21日は、予期せぬ事態(前補機のC62故障)となり、結果的に変わったアングルで、SL急行を撮ることになりました。

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D51牽引の下り貨物列車(目名~上目名間で撮影、以下同)。この日(21日)は、再度、C62重連を撮るべく上目名駅までやって来ましたが、そこで得られた情報では、前補機用のC62故障のため、D51が代走するとのことで、私は、ひどくがっかりしてしまいました。そこで考えた末、正面からではなく、線路の近くの雪の斜面をよじ登り、サイドから、俯瞰気味に上りのSL急行を撮ることにしました。この画像は、急行の前に来た下りの貨物列車で、下り坂なので煙はありません。この時は、雪は止んでいました。(目名~上目名間で撮影、以下同)

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代走のD5124(築)とC62の重連牽引の上り急行「ニセコ1号」。通過時は降雪が激しくなりましたが、先頭のD51の初期型特有のナメクジドームが分かります。

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上記列車の後追い。本務機C62のフォルムも辛うじて分かりました。20yamasen072_1085
下り急行「ニセコ3号」の車窓風景(二股付近)。この日は、長万部まで行きましたが、発車を撮らず、倶知安まで下り急行「ニセコ3号」に乗ってみました。当然のことですが、急行なので前補機がD51代走でも結構なスピードでした。
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D51673(倶)牽引の上り貨物列車。(目名~上目名間で撮影、以下同)ここからは、3月25日の撮影です。この時の北海道撮影旅行の道内最終日となりましたが、もう一度、C62重連を撮りたくて、上目名にやって来ました。3月末ということで、積雪は以前より少なくなっているようでした。
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C622とC62の重連牽引の上り急行「ニセコ1号」。この時は、線路脇の小高いところから、編成全体を狙ってみました。煙が風で流され、客車にかかってしまったのは、一寸残念でした。
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C622のサイドビュー。スワローエンジェルもしっかり写ってくれました。
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2019年9月 8日 (日)

1969年3月22、23日の宗谷本線塩狩付近

引き続き、SL現役時代の画像です。1969年3月の北海道撮影旅行、3月22、23日は、宗谷本線の塩狩駅前後の急勾配区間(蘭留~塩狩~和寒)で主に撮影しました。22日は、天候が悪く、吹雪の中でC55を撮ることになりました。

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この日の私は、C5550(旭)牽引の321レに乗車、吹雪の中、和寒(ワッサム)駅に降り立ちました。

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吹雪を突いて、塩狩駅に向かうC5549(旭)牽引の322レ。(和寒~塩狩間で撮影)降雪で目立ちませんが、最後部には、DD51が後補機として連結されています。
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更に、C55をアップで撮影。画面が傾いてしまったのは一寸残念でした。
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不意に、D51の推すラッセル車が登場しました。私が初めて撮った、本線を走行する除雪車でした。
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和寒駅を発車するD51915(名)牽引の上り貨物列車。客車列車に較べて編成がずっと長かったです。
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上記列車の後追い。どうしても、木材を積んだ貨車に目を惹かれます。
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ここからは、3月23日の撮影。蘭留(ランル)~塩狩間を行くC5516(旭)牽引、DD51補機付きの321レ.前日と違って、静かな雪景色の中を進みます。

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同じく、蘭留~塩狩間を行くD51574(名)牽引、DD51補機付きの下り貨物列車。
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こちらは、和寒~塩狩間を行くC5550(旭)牽引、DD51補機付きの322レ。
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上記列車の後追い。この列車を含め、この時、塩狩付近で私が撮った蒸機牽引列車の後補機は、全てDD51となっていました。
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2019年8月13日 (火)

1969年3月20日の宗谷本線他

引き続き、SL現役時代の画像です。1969年3月の北海道撮影旅行、3月20日は、宗谷本線で撮影しました。往路は、夜行急行「利尻」に乗車し、南稚内駅まで行きました。

期待していた利尻岳の眺望は、得られませんでしたが、北の大地を行くC55形の姿を撮ることが出来ました。

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 南稚内駅で停車する、C5530(旭)牽引夜行急行317レ「利尻」。この列車に乗車していた私が、南稚内で下車した直後に撮ったスナップです。

牽引機は、希少な流線形改造機、所謂「流改型」です。他の一般型のC55と違って、キャブの窓が斜めでなく、平面的なのが特徴でした。

 

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南稚内~抜海(バッカイ)間を行くC55牽引普通列車322レ。321レと共に、宗谷本線の全区間で運転され、「最果て鈍行」と呼ばれた列車です。

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上記列車のサイド。C55のキャブが密閉式に改造されているのが分かります。

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更に後追い。天気が良ければ、線路の向こうの丘陵の背景のどこかに、利尻岳が見えるはずだったのですが、この日は、眺望を得られませんでした。

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322レの撮影後、南稚内から音威子府(オトイネップ)まで移動しましたが、当時、もう一本あった音威子府へのルート、天北線(てんぽくせん 1989年廃止)に乗車、途中の鬼志別駅で、49622(稚)牽引の貨物列車と交換しました。

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49622(稚)とキハ22のすれ違いの瞬間のスナップです。9600形の乗務員さんが上げた手が印象的でした。

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音威子府駅に停車中のC5543(旭)牽引の321レ。下りの「最果て鈍行」です。旭川から稚内まで約260キロを8時間以上かけて走る、のんびりした列車でした。

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後方からのカット。C55形は、斜め後ろからのアングルも格好いいと思います。

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音威子府を発車し、筬島(オサシマ)に向かう321レ。戦前型の座席車スハ32系が、昭和12年生まれのC5543に良く似合います。

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同じく、音威子府を発車した49601(稚)牽引の貨物列車。音威子府以北の貨物列車は、9600形が担当していました。

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2019年7月27日 (土)

1969年3月19日の石北本線常紋信号場付近

引き続き、SL現役時代の画像です。1969年3月の北海道撮影旅行、3月18、19日は、石北本線常紋信号場付近で撮影しました。二日目の19日は、主に、生田原側で撮影しました。

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キハ82系の上り特急「おおとり」。長躯、函館まで運行していました。(生田原~常紋間で撮影。以下同)

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D51859(遠)牽引、49666(遠)後補機付きの下り貨物列車。この区間では短めの編成の貨物列車でしたが、煙は良かったです。なお、本務機の遠軽区所属のD51859は、現在、遠軽駅近くの公園で静態保存されているそうです。
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上記列車の後追い。後補機の49666(遠)も、しっかり煙を上げています。

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D51312(北)牽引、9600形後補機付きの下り混合列車527レ。こちらの本務機、北見区のD51312も静態保存されていますが、何故か場所は深川市内だそうです。

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上記混合列車の後追い。最後尾の客車と補機の9600形との間に貨車(無蓋車)が挟まっていて珍しい編成と思いました。

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こちらは金華側で撮影した、49699(遠)とD51897(遠)重連の上り混合列車528レ。

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上記混合列車の後追い。すぐそこが常紋信号場でトンネル入り口も見えていますが、上り勾配が続くので力行しています。

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2019年7月14日 (日)

1969年3月18日の石北本線常紋信号場付近

引き続き、SL現役時代の画像です。1969年3月の北海道撮影旅行、3月18、9日は、石北本線常紋信号場付近で撮影しました。一日目の18日には、念願の9600形とD51の重連が力行するところを撮ることが出来ました。

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生田原を発車する上り貨物列車(機D51)。下り夜行急行「大雪6号」を、まだ暗い夜明け前の生田原で下車。常紋信号場に向かうために、普通列車を待ちました。その間に、上り貨物列車の発車を撮ることが出来ました。

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常紋信号場を発車するD51608(北)牽引の下り普通列車。自分が乗ってきた列車の常紋発車シーンです。この列車は、この区間では珍しく、D51単機牽引、客車のみの編成でした。列車の左側は、常紋トンネル入り口、左端の建物は、信号場本屋です。その前で職員の方が発車を見守っています。

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早朝の陽光を浴びて、金華側から常紋信号場に向かう、D51312(北)牽引、9600形後補機付きの貨物列車590レ。この日、私が常紋付近で最初に撮った列車です。D51と9600、二機のドラフト音が山間に響き合い、感動しました。

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590レの後追い。木材を満載した貨車の編成を押し上げる後補機の9600形です。

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590レと591レの交換風景。上記の590レは、常紋信号場に停車、奇しくも下り貨物591レ(D51897-遠-牽引、9600形後補機付き)と交換するダイヤになっていました。画面左側が590レで、乗務員の方が機関車の前で交換の591レを見送っています。

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こちらは生田原側で撮影した、D51511(北)牽引、29681後補機付きの下り貨物列車です。この区間では、下り列車は南に向かうので、順光線の中を進みます。キロポストの146は、常紋信号場から2キロの地点を示しています。

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上記の列車の後補機、29681です。

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49699(遠)とD51734(北)重連の上り貨物列車。待望の重連列車の登場です。(金華~常紋間で撮影、以下同)

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上記の重連貨物の後追い。D51と9600形では動輪径が違うので、両機のドラフト音が重なり合ったり、ずれたりしながら進んでいきました。

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49699(遠)とD51の重連牽引の混合列車528レ。客車列車の列車番号ですが、貨車を長く繋いだ後に客車3両を連結した混合列車でした。

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上記の混合列車の後姿。先頭の機関車が結構遠くに写っています。

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2019年7月 1日 (月)

1969年3月17日の函館本線山線区間

引き続き、SL現役時代の画像です。1969年3月の北海道撮影旅行、3月17日は、函館本線山線の、倶知安、銀山、長万部付近で撮影しました。

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倶知安駅を発車するD51673(倶)先頭のD51重連が牽引する上り普通列車。山線区間の普通客車列車、貨物列車は、D51単機で牽引していましたが、一部に重連で運行される列車がありました。

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上の列車の後追い。盛大にドレーンを切って発車して行きました。

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然別~銀山間を行くD51163(長)牽引の上り普通列車。雪景色の山なみの上の方まで入れて撮ってみました。電線が入ってしまったのは失敗でした。

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上の列車の後追い。機関車前方の線路のS字形のカーブが面白く感じられました。

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更に続き。旧客もカーブに沿って車体をくねらせて行きました。

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C623先頭のC62重連牽引の上り「急行ニセコ1号」104レも、然別~銀山間で撮影。カーブのイン側から撮りましたが、編成全体は、入りませんでした。

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この日は、初めて長万部機関区を見学させて頂きました。C62形をすぐ近くで見たのも、初めてでした。

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C62の大きさ、迫力に圧倒されました。

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長万部駅を発車するC623とC622重連牽引の下り「急行ニセコ3号」103レ。一寸撮影位置が遠かったです。

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上の列車の後追い。C622の「スワローエンジェル」マークが分かります。迂闊にも、他の撮影者の方の姿が写り込んでいました。

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2019年6月16日 (日)

1969年3月15、16日の函館本線山線区間

引き続き、SL現役時代の画像です。1969年3月の北海道撮影旅行、道内二日目の3月15日から、C62重連が走る函館本線山線区間に入りました。15日は上目名付近、16日は小沢付近で撮影しました。

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熱郛駅での交換風景。私が上目名まで乗った、D51556(築)牽引の普通列車が、上目名の一つ手前の熱郛駅で、D51855(長)牽引の上り普通列車と交換しました。山線区間は、一面の雪景色でした。(3月15日撮影。以下同)

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自分が乗ってきた下り列車の上目名駅発車シーンを撮影。上目名付近は、特に雪が深かったです。

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C6244先頭のC62重連「急行ニセコ1号」編成全体をカーブのイン側から捉えることが出来ました。(目名~上目名間で撮影。以下同)

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上の列車の後追い。雪煙と共に、あっという間に通り過ぎて行きました。

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快速のC62重連とは対照的に、D51857(倶)牽引の上り貨物列車が、煙を高く噴き上げながら、ゆっくりと急勾配区間を登ってきました。

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D51163(長)牽引の上り普通列車。普通列車なのに郵便車を2両も連結しているのが珍しく感じました。この区間では、線路付近の積雪が深く、このアングルからだと線路と機関車の足回りが雪に隠れてしまいました。

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ここからは、3月16日の撮影。D5164(長)牽引の上り普通列車。猛烈な煙を噴き上げて登場。(小沢~倶知安間で撮影。以下同)

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珍しい二つ目ヘッドライトの79618(倶)牽引の貨物列車。小沢から分岐していた岩内線(1985年廃止)から来た列車です。

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C6244とC622の重連牽引の「急行ニセコ1号」104レ。いい景色のポイントでしたが、何故か、静かな写真になってしまいました。

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上の続き。辛うじてC622の「スワローエンジェル」マークが確認できました。

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2019年6月 1日 (土)

1969年3月の江差線と函館本線大沼付近

引き続き、SL現役時代の画像です。1969年3月中旬、私は、高校を卒業してから大学に入学するまでの期間を利用して、再度、北海道へ撮影旅行に出かけました。その道内の初日は、江差線と函館本線大沼付近で撮影しました。

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初めは、江差線の画像です。江差線は、後に青函トンネルに接続する重要なルートの一部になりましたが、この当時は、函館本線の五稜郭駅と江差駅を結ぶ、非電化、単線の路線でした。写真の列車は、C58126(五)の牽く上磯(五稜郭より8、8キロ)行の下り区間列車です。(久根別~清川口で撮影)

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今度は、上り列車。雪原を進むC58牽引の客車列車。編成が長く、函館行の通勤列車と思われます。(久根別~七重浜で撮影。以下同)

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上記列車の後追い。辺りは一面の雪景色で、3月とは言え、沿線の天候は未だに冬の様相でした。

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最初に撮った上磯行の列車の折り返しの上り列車が、C58のバック運転で戻ってきました。本線でのテンダー機のバック運転は、珍しく感じられました。

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ここからは函館本線大沼付近の画像です。長大な上り貨物列車を牽いて、D51765(五)が大沼駅を通過して行きます。

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こちらは、D52202の牽く下り貨物列車です。D52形は、五稜郭機関区の所属でした。こちらも大沼付近で撮影。

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上記のD52の後追い。近くで見ると、一段と大きく感じられます。

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大沼~仁山間を行く、D51牽引の上り旅客列車。天気が良ければ、後方に駒ケ岳が見えるはずなのですが視界が悪く、山が霞んでしまいました。

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大沼公園付近を行く、C62牽引103レ「急行ニセコ3号」。列車を横から撮ろうとしたのですが、距離が遠すぎました。降雪で列車が霞み、何だか分からなくなってしまいました。

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こちらも大沼公園付近で撮影。D52217の牽く下り貨物列車です。

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激しい降雪の中を行くD5196(長)牽引の下り客車列車。(大沼~大沼公園間で撮影)今回、改めて調べたところ、この96号機は、何と、長瀞SLホテルを経て、現在、碓氷峠鉄道文化むらに静態保存されている機関車であること(撮影経験あり)が分かり、驚いています。

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