2020年6月21日 (日)

1973年3月の只見線(追加)

引き続き、SL現役時代の画像です。1973年の2月と3月、私は、只見線SLの撮影に出かけました。この時の撮影成果の画像は、2019年の1月に当ブログに発表しましたが、3月撮影分については、その時、アップ出来なかった画像が有りますので、今回、追加分として発表いたしました。

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夜行列車で早朝、会津若松駅に到着した時に撮ったスナップです。C11248が、日中線の列車を牽いて発車しようとしていました。(3月23日撮影)

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上記の列車の後追い。C11は、盛大な蒸気に包まれてしまいましたが、客車の車内が少しだけ写っていました。

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会津水沼~早戸間を行くC11289牽引の上り貨物列車。上り勾配の区間だと記憶しています。

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同じ区間ですが、場所を変えて撮影。C11179牽引の上り貨物列車です。

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上記の列車を更にアップで撮影しました。

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ここからは、翌日(3月24日)の撮影。滝谷付近を行くC11牽引の下り貨物列車です。

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第一橋梁を行く上り貨物列車です。C11が重連で牽引しているのですが、生憎の降雪で列車が霞み、分からなくなってしまいました。

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ここからは、更に翌日(3月25日)の撮影。会津柳津~郷戸間を行く下り貨物列車です。3月末というのに降雪量が多く、沿線はすっかり雪景色になっていました。

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会津川口駅で待機するC11179。雪が降り続いていました。

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上記のC11179が牽引する上り貨物列車です。(会津川口付近で撮影)

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本名~会津川口間の第五橋梁付近を行く上り貨物列車です。短い列車ですが、車掌車と緩急車を律儀に連結しているところが、国鉄時代らしい情景と思います。

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2020年5月28日 (木)

1968年4月の東北本線千曳付近

引き続き、SL現役時代の画像です。1968年の春休みの東北、北海道への撮影旅行の最後に、東北本線千曳(ちびき)付近で撮影しました。当時の東北本線の盛岡~青森間では、10月の電化開業に向けて電化工事が進められていましたが、千曳駅付近では、電化と同時に新線に切り替えられるため、従来の線区(旧線)では、電化工事が行われない中で、SL列車が運行されていました。私は、この時、C60、C61、D51が活躍している姿を撮ることが出来ました。

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野辺地~千曳間を行くC619牽引の上り荷物列車。勾配標は、16、7パーミルを表示。結構な勾配区間です。

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同じ区間を行く、D51重連牽引の貨物列車。一寸分かりにくいですが、重連です。

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上記列車の後追い。昔ながらの有蓋貨車、無蓋貨車が連なっていました。

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C6119牽引の上り普通客車列車。線路の向こうの林は、防雪林と思われます。

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千曳駅構内を通過する、D51重連牽引の貨物列車。先頭のD51197のデフは、長野工場製の「長工式デフ」のようです。

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ここからは、千曳~石文(信)間で撮影。風で煙が流れてしまいましたが、画像の列車は、C61牽引の下り急行「第二おいらせ」です。

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貨物列車は重連の他、D51の後部補機付きで運行されている列車もありました。この画面では、右端に辛うじて補機の煙が見えています。

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上記列車の後部補機のD51です。

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C6022牽引の下り普通客車列車です。煙突横に小さなデフ板が付いているのが分かります。盛岡機関区所属のC60の多くが、この小デフ板を装備していました。

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列車の姿が小さくなってしまいましたが、こちらは、C61牽引の下り急行「第四十和田」青森行です。座席車主体の地味な編成ですが、特ロ(現グリーン車)と食堂車を連結していたようです。

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2020年3月22日 (日)

1967年と1968年の房総西線

引き続き、SL現役時代の画像です。千葉県の蘇我と安房鴨川間を走る房総西線(現在の内房線)では、1969年に千倉まで電化されるまで、C57形とC58形の蒸機が、旅客、貨物列車の牽引に活躍していました。また、夏季には、海水浴客を運ぶために、「かもめ」「さざなみ」といった愛称が付いた臨時客車列車が増発され、これも蒸機牽引で走っていました。私は、1967年と1968年の夏に撮影に出かけ、蒸機の姿を記録することが出来ました。

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竹岡~浜金谷間を行く、C57129牽引の下り臨時客車列車「かもめ」。シャッターを切るのが早過ぎたようです。1967年夏の撮影ですが、既に電化用のポールが建てられていました。

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同じ区間を行く、最後尾にテールサインを掲げた臨時客車列車「かもめ」。訳あって、後追いのみの画像です。当時、京都と九州の間を走っていた特急「かもめ」(キハ82系で運行)と同一名称なのが興味深いです。

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竹岡駅を発車する、C5770牽引の上り普通客車列車。

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同じく、竹岡駅を発車するC584牽引の上り貨物列車。貨物列車は、C58形が牽引していました。

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ここからは、1968年8月の撮影。浜金谷~保田間を行く、C57134牽引の下り普通客車列車です。望遠の画角ですが、望遠レンズではなく、市販のテレコンバーターを使って撮りました。

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上総湊~竹岡間を行く、C58165牽引の下り普通客車列車。画面左側の建物はドライブイン、更に左側は海岸です。

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上総湊~竹岡間の湊川橋梁を行く、C58牽引の下り臨時客車列車「さざなみ」。
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下り臨時客車列車「さざなみ」のテールサインです(撮影区間不明)。「さざなみ」の名称は、現在でも内房線特急電車に使われています。
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岩井~富浦間を行く、C57105牽引下り臨時客車列車「さざなみ」、客車は10両編成です。このカットもテレコンバーターを使って撮影しています。
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上記の列車の後追いです。
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岩井駅にて、C57105牽引上り普通旅客列車の入線シーン。海水浴帰りと思しきお客さん達が、列車を待っていました。
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C57105をホームの反対側からスナップ。皿形の火の粉止めを装備していないので、煙突回りがすっきりしています。

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2020年2月22日 (土)

1973年2月の陸羽東線

引き続き、SL現役時代の画像です。1973年2月の私の東北、北海道の撮影旅行の最後に、陸羽東線で撮影しました。陸羽東線では、宮城、山形県境の堺田駅の前後に急勾配区間があり、C58形が重連で貨物列車牽引に活躍していました。撮影した日(2月20,21日)は、強風で煙が乱れましたが、何とかC58形の姿を捉えることが出来ました。

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羽前赤倉~堺田間を行くC58231先頭のC58重連が牽引する上り貨物列車。先頭のC58231は、長く紀勢本線で活躍した機関車で、重油併燃装置を装備していました。

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中山平~堺田間を行くC58重連牽引の下り貨物列車。鉄橋に向かう築堤を進みます。

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鉄橋に進入した途端、横風で煙が流されました。貨車の編成は煙に隠されてしまいましたが、2両目のC58は辛うじて見えました。

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岩出山駅付近を行くC58牽引の下り貨物列車。宮城県側の、この付近には積雪はありませんでした。

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羽前赤倉~堺田間を行くC58重連牽引の上り貨物列車。ここからは翌日(2月21日)の撮影です。

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上の続き。この日も、強風に悩まされました。

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中山平~堺田間を行くC58重連牽引の下り貨物列車。前日にも撮った鉄橋を俯瞰で狙いました。風の影響で重連の様子が良く分からなくなってしまったのは、一寸残念でした。

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2020年2月 1日 (土)

1973年2月の函館本線大沼付近

引き続き、SL現役時代の画像です。1973年の2月、私は、以前アップした五能線の撮影(2019年1月28日に「1973年の五能線8620」として公開)を終えた後、青函連絡船の夜行便に乗車、函館に渡りました。目的は、無煙化が迫る中、函館本線で貨物輸送に活躍するD51、D52を撮ることでした。

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大沼駅を発車し、函館に向かうD52牽引の上り貨物列車(大沼~仁山間で撮影)。駒ケ岳が姿を見せてくれました。

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DD51牽引の下り貨物列車(七飯~大沼間で撮影。以下同)DL化が進んでいましたが、撮ったのは、この一枚だけでした。

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D51816(五)牽引の下り貨物列車。煙を高く噴き上げて登場しました。D51の前面に「結」の字が見えますが、「団結」と書かれた跡と思われます。

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こちらは、D52202(五)牽引の下り貨物列車。いい煙でしたが、風で横に流されました。

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上の続き。D52をアップで撮影。

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D51394(長)牽引の上り貨物列車の大沼駅発車シーン。駒ケ岳の山頂が蒸気で隠れてしまいました。

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大沼~仁山間を行く上り貨物列車。D51牽引です。

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2020年1月10日 (金)

1973年8、9月の小海線

引き続き、SL現役時代の画像です。小海線は、C56形蒸機が活躍していて、人気がありましたが、1972年の10月に蒸機の運行が廃止され、DL化されました。ところが、C56復活を要望する声が大きく、翌1973年の7月~9月の毎日曜日に、中込から小淵沢の間で復活運転が実現しました。私は、8月5日と9月23日に撮影に行くことが出来ました。

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8月5日の中込駅でのスナップです。「C56観光列車出発駅」の看板が掲げられていました。

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同じく、中込駅でのスナップ、復活SL列車を牽引するC5694号機です。長野運転所所属の機関車で、この時だけ中込機関区に貸し出され、小海線で走ることになったようです。小海線で活躍していたC56149号機などが、DL化に伴い、廃車、転属となった為と思われます。

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松原湖~海尻間の川沿いの区間を行く小淵沢行(上り)のC56牽引臨時列車です。客車の車内は超満員のようで、デッキにも複数の人の姿が見えます。更に驚くのは、C56と客車の間にも人が見えることで、何かにつかまっているのでしょうが、信じられないような光景でした。

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上記列車の後追い。後姿ですが、鉄橋を渡る列車を撮ることが出来ました。

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野辺山駅でのスナップ。多数の撮影者と一般のギャラリーの方々が、C56を取り囲んでいます。所謂「SLブーム」の本格的な到来を感じさせる場面でした。

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野辺山を発車し、清里に向かう上りC56臨レ。この付近にも、撮影者、ギャラリーが結構いました。

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上記列車の後追い。旧客2両(オハ35とオハフ33と推測)と、ワフ(貨物列車の車掌さんが乗る緩急車)1両の編成でした。

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甲斐小泉~甲斐大泉間を行く、返し(下り)の中込行C56臨レ。返しでも、客車は満員のようでした。

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ここからは、9月23日の撮影。信濃川上~野辺山間を行く小淵沢行(上り)C56臨レ。この日は運行最終日、客車も混んでいました。

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野辺山~清里間の小淵沢行C56臨レ。雲の間に青空が見えていました。

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上記列車をサイドから。煙の形に面白さを感じました。

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甲斐小泉~清里間を行く、中込行C56臨レ。上り勾配の区間ですが、煙が空と同化してしまいました。

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上記列車の後追い。線路端にも一般の観光客風の人が見物に来ていました。

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2019年12月21日 (土)

1969年8月の小海線

引き続き、SL現役時代の画像です。小海線は、「高原のポニー」ことC56形蒸機が活躍していて、人気がありました。1969年の8月、私は、休日に運行される不定期のC56牽引の客車列車「八ヶ岳高原」号と、高原野菜輸送のための臨時貨物列車を撮影するために、主に野辺山駅付近に出かけました。
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清里~野辺山間を行くC56159(込)牽引の「八ヶ岳高原」号です。撮影地は有名な撮影ポイントで、天気が良ければ、八ヶ岳などの山なみが背景に見えるのですが、この日、8月20日は生憎の天気(濃霧)で何も見えませんでした。
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野辺山駅でのスナップです。駅の側線に貨車が多数留置されていて、この駅でも高原野菜の積込が行われていたようです。
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同じく野辺山駅でのスナップ。バック運転時のためにテンダーが欠き取られているがC56形の特徴です。
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野辺山駅付近を行くC5696牽引上り「八ヶ岳高原」号。行きのC56159でなく、C5696が牽く運用なのが興味深いです。C5696は、上諏訪機関区から応援に来ていたと思われます。
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上の続き。牛を入れて撮ったので、いくらかでも小海線らしくなったのではと思っています。
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更に続き。踏切を通過するC5696、機関助士さんが手を上げているようです。
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「八ヶ岳高原」号の後追い。野菜畑の間を走り抜けていきました。
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ここからは、翌日(8月21日)の撮影。昨日、下りの「八ヶ岳高原」号を撮ったポイント(清里~野辺山間)で、高原野菜を運ぶ上り臨時貨物列車を撮影。C56がバック運転で牽引し、風通しを良くするため、有蓋貨車(通風車)の側扉を開いたままで運行していました。前日とは違って、背後の八ヶ岳が何とか見えました。ここでは、上り列車は下り坂なので残念ながら、煙はありません。

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野辺山付近で撮影した下り臨時貨物列車。この列車は、コンテナ(通風コンテナ)で野菜を運んでいました。
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更に翌日(22日)の撮影。有名な小淵沢のカーブ(甲斐小泉~小淵沢)を行くC56バック運転の上り臨時貨物列車。上り(下り坂)の列車なので煙はありません。
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折角の急勾配の小淵沢カーブなので、次の下り臨時貨物列車に煙を期待しましたが、やってきたのは単機回送の149号機、しかも、逆向でした。
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こちら向きに見えますが、後追いです。のんびりした走りでした。
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2019年11月24日 (日)

1973年8月の山陰本線

引き続き、SL現役時代の画像です。山陰本線の全線無煙化(1974年11月)の約1年3ヶ月前、1973年8月に、西側の区間(島根県、山口県の部分)に撮影に出かけました。DL化は進んでいましたが、D51形牽引の貨物列車、D51形、C57形牽引の旅客列車の姿を撮ることが出来ました。

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田儀駅での交換風景です。手前がDF50570牽引の下り普通旅客列車。向こう側は、上り貨物列車のD51です。このD51は、後藤工場の後藤式デフを装備しています。このD51の向こうには日本海が見えるのですが、画像では空と同化してしまいました。8月18日の撮影。

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同じく、田儀駅での情景です。DD5437牽引の普通旅客列車が停車中です。この画面では、ホームの向こう側に日本海が広がっているのが分かります。DD54は当時、新鋭のDLでしたが、その後、トラブルが多発し、この写真を撮った5年後(1978年8月)までに、全機廃車になってしまいました。

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田儀駅の駅舎です。瀟洒な木造の駅舎に、丸型のポストが良く似合います。

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C5741(浜)が、下りの単機回送列車として田儀駅を通過して行きました。丁度、C57の機関助士さんが、タブレットを投げようとしているところです。

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ここからは、8月19日の撮影。集煙装置付きのC57101(浜)が、上り旅客列車544レを牽いて、仁万駅を発車するところです。貨物列車と交換だったので、最後尾の車掌車が見えています。

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折居~周布間を行くD51239(長)牽引の上り貨物列車。海岸線の区間としては珍しく、いい煙で力行してきました。画面右側の看板のある建物が目立ちますが、海辺の旅館だったようです。

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こちらは、三保三隅~折居間のD51409(浜)牽引の上り貨物列車。現在も健在の有名撮影ポイントからの撮影です。鄙びた海辺の風景をバックにした、いい景色のところですが、この時は煙が無かったのが残念でした。

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折居駅付近のスナップ。レトロな街並みでした。写っている自動車も懐かしく感じます。

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ここからは、浜田機関区での撮影。写真のC5741(浜)は、集煙装置を装備していないので、すっきりした外観でした。

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煉瓦積みの風格のある機関庫でした。

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上記の写真と同じC5741ですが、これは翌日(8月20日)の撮影。上り旅客列車、前日も仁万で撮った544レを牽いて出発の準備中です。私は、C57は、このアングルが格好いいと思っています。

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544レの浜田駅発車シーンです。腕木式信号機も現役でした。

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上記の後追い。陽光にC57のサイドが光りました。

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上記の続き。機関車次位に、荷物車や郵便車でなく、有蓋貨車を連結しているところがユニークです。

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岡見~三保三隅間を行くD51形牽引上り貨物列車。短い貨車の編成ですが、前後に車掌さんが乗る緩急車を連結しているのが律儀な感じです。画面の前景は波打ち際で、海岸のすぐ近くを線路が通っています。

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上記の写真を撮った翌日(8月21日)、益田から三見まで、D5136(長)牽引の下り普通旅客列車に乗車しました。須佐~宇田郷間の、現在でも有名な撮影ポイントでもある惣郷川橋梁を渡るところです。

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奈古駅に停車中のD5136をスナップ。煙突周りに何もないので、ナメクジ型の原型を良く保っていました。

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三見~飯井間を行くD51牽引下り貨物列車。この時の撮影旅行で、私が最後に撮った蒸機の走行写真です。

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2019年11月 3日 (日)

1973年1月9日の中央西線

引き続き、SL現役時代の画像です。1973年5月の中央西線全線電化開業の約4ヶ月前、1月9日に、主に藪原付近に撮影に出かけました。電化工事が進む中、定期旅客列車は、既にDL化されていましたが、貨物列車牽引に活躍するD51形の姿を撮ることが出来ました。22chuuou02_1102
撮影ポイントと少し離れた線路上に、白煙と共にD51牽引の下り貨物列車が登場しました。(藪原~奈良井間で撮影。以下同)
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上の画面に登場した列車、D51238(中)牽引の下り貨物列車が、目の前のカーブに迫ってきました。白煙ですが、急勾配区間なので煙の勢いがありました 。
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次の瞬間、DD51牽引の客車列車が上り線に登場、貨物列車とすれちがって行きました。私は客車列車のダイヤを意識していなかったので、びっくりしてしまいました。
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更に続き。D51が旧客と離合、良く見ると、客車の窓を開け、対向するD51を見ているか、撮影しようとしている人がいるようです。
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最後にD51をアップで捉えました。

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ここからは、藪原~宮ノ越間で撮影。電化まで、181系DCで運行されていた下り特急「しなの」1号です。

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D51775(木)とD51125(中)の重連が牽引する下り貨物列車。なお、先頭の775号機は、木曽福島駅前に静態保存されているそうです。

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重連の機関車中心のアングルでも撮ってみました。

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こちらは単機牽引、D51209(中)牽引の下り貨物列車。

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縦位置のアングルでも撮ってみました。

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塩尻駅に停車中の、D51522(中)牽引の臨時旅客列車、9830レ。この日、私が唯一出会った蒸機牽引の客車列車でした。列車番号とお座敷客車を連結しているところから、団体臨時列車と推測しました。

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夕刻の塩尻駅を発車する9830レ。機関車次位のオロフ80形客車は、オハフ33形客車の車内を畳敷きに改造し、お座敷客車とした車両です。

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2019年10月 7日 (月)

1969年3月26日の花輪線龍ヶ森付近

引き続き、SL現役時代の画像です。1969年3月の北海道撮影旅行の帰途(3月26日)に、花輪線に立ち寄りました。前回(1967年8月)撮れなかった8620形機関車の前部三重連を初めて撮ることが出来ました。21hanawa01_785
38688牽引(8620形後補機付き)の上り旅客列車。龍ヶ森駅発車シーンです。
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8620形三重連牽引の下り貨物列車(岩手松尾~龍ヶ森間で撮影、以下同)。初めて8620形の前部三重連を撮ることが出来ました。
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上記列車の後追い。列車の前方のカーブが、鉄道模型のジオラマのように見えました。
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更に続き。列車の最後尾まで入れて撮りました。貨車に挟まって、ダブルルーフの古い客車(事業用車両と思われます。)が連結されているのがユニークです。
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こんな、バラエティー豊かな気動車の編成も走っていました。
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8620形単機牽引の上り貨物列車(赤坂田~龍ヶ森間で撮影)。単機で牽引出来るのは短編成の貨車(5、6両位)だけのようで、千分の33の急勾配区間の厳しさを物語っています。
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上の続き。残雪の風景の中を進みます。
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こちらも単機(38688)牽引の下り列車(岩手松尾~龍ヶ森間で撮影)。貨車は短編成でしたが、煙を高く噴き上げてやってきました。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

«1969年3月21、25日の函館本線上目名付近

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